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ロマン塩尻第118稿 塩尻市を楽しむ本 19

塩尻を楽しむ本 19
第20章 塩尻市の 伝説・物語
◇琵琶橋 洗馬上組
   一条天皇の時代に盲目の法師がこの橋の近くで、いつも琵 
琶を弾いていた。村人に「琵琶の弾奏で皇室に奉仕をしたいが、諸国をめぐり琵琶の極意を極めたい」と語っていた。とある夜、不思議というほどの霊曲と演奏の仕方を悟り、天子様に差し上げるに十分な曲ができ、京都を目指し洗馬の郷を去って行った。のちにこの岩橋を「琵琶橋」と呼び、盲目の法師こそ、天下第一の琵琶の名手・蝉丸であった。
◇夜泣き石  洗馬元町  釜井庵の庭
  塩尻峠の戦いで、小笠原長時に寝返り武田方に味方した妙
義城主・三村長親は、甲斐の一蓮寺に呼ばれ「主を裏切る者はまた裏切る」として抹殺され、三村一族は滅亡した。
 釜井庵の庭にある「夜泣き石」は、三村一族の妄念が夜泣
きすると伝わる。 
◇平出の乳松  宗賀平出   平出一里塚
 天文年間の桔梗ケ原合戦のとき、山本勘介が泣く赤子を拾
い、安全な場所へ隠そうと小高い塚の根元に下ろして戦い続
けた。激戦後戻って見ると、赤子は松の葉から滴り落ちる雫
を母親の乳を吸うように口に含んでいたという。この松を「乳
松」と呼び伝える。
乳の出ない母親が松の枝を持ち帰り、ついに枯れてしまったとの伝説 今の松は何代目だろう。(平出の一里塚)
◇邂逅の清水  宗賀洗馬
  木曽義仲は、木曽の地で中原兼遠に養育された。その後兼
遠は今井を治めていたが、義仲の旗揚げを知り洗馬で邂逅し
た。義仲の馬は強行軍で疲れていたが、この清水で足を洗っ
てやるとたちまち元気になったため、以降この地を「洗馬」
と呼ぶようになった。
◇肱懸け松  宗賀洗馬
  武将として名高い・細川幽斉が見事な松の枝ぶりに心をひ
かれ[肱懸けてしばし憩える松陰に たもと涼しく通う河風]
と詠んだ。この松を「肱懸け松」といい今の松は2代目
◇犬飼の清水  塩尻東山
  徳川時代、あるお公卿様が塩尻宿から塩尻峠に向かったが、
愛犬が苦しみ出した。お犬様の病気と大騒ぎになり手を尽く
すも効果が上がらない。ちょうど清く美しい清水が湧き出て
おり、犬に飲ませたところ恢復し駈け出した。
  お公卿様は大いに喜び「犬飼の清水」と名付けた。
◇姥ケ池  塩尻中西条 
  三嶽神社の大鳥居のそばに姥ケ池がある。昔から膳や椀を
借りたいときこの池の主にお願いしておけば,明朝土手の上
に取り揃えてくれる。ところがある時、ある人が借りたまま
返さなかったので、その後は一切貸してくれなくなったとい
う伝説
◇武田信玄旗立イチイの木  片丘南内田
  大宮八幡社に,樹幹周り3.3mのイチイがある。天文年間武
田信玄と小笠原長時が戦ったとき、武田信玄は、高出の高日
出神社と南内田の大宮八幡社に戦勝祈願し、両地の間を飛鳥
のように駆け巡ったが、自分の所在を示すため、大宮八幡社
の正面のイチイの木に旗を立てた。[武田信玄旗立一位と呼
ぶ] 戦い勝利した信玄は、大宮八幡社に弓と箭や を奉納
した。
◇雨乞い  片丘高ボッチ・鉢伏山
  高ボッチ・鉢伏山を主峯とする筑摩山脈の西側の地は,田
用水に不足し、干ばつに悩まされてきた。4つの方法で雨乞いをしたという。
まず、南内田の「山の神様」の周りにある「七つ池の湿地」を村じゅうでさらい、五輪の塔を出してかつぎあげ洗い、夜は前鉢伏の宮に千本松明を奉納する。
まだ、霊験がなければ、南北両内田の全戸で鉢伏山の鉢伏山大権現に雨乞いの祭りを行い、岐路、牛伏寺に立ち寄り、梵鐘を外し、仁王門前南の大池に浸してくる。
まだ雨が降らなければ、上の諏訪の明神様のお水借りを行う。これは神水を竹筒に入れ笹竹につるして担ぎ走り出す。全区10区に分けて、今の駅伝式にリレーし、村人は塩尻峠までお水迎えに行く。やがて氏神様に到達すると,神官が天高くまき散らす。

◇玄蕃之丞  市内各地
  桔梗ケ原に玄蕃之丞という狐が住んでいて、夜となく昼となく変幻出没極りなき活動をしていたとのことで、数々の話が伝わる。
◇天狗のシダレ栗  北小野
  秋になると、子どもたちは好物の栗拾いに行くが、子供たちは高くて取ることができない。
たまたま通りがかったお爺さんが気の毒に思い、大きな枝をおろしてやり、子供らは大喜び。里の人はこの話を聞
いて、あの山には天狗様がお住まいになっているということで祠を造り、クリの木を「天狗の枝垂栗」と名付け、この木を伐ることも庭に植えることも忌み恐れている。
◇柿の木と胡麻
昔から贄川では、柿の木と胡麻が育たないと言われ、作る人もなかった。その昔、氏神様が、柿の木に登って落ちて、胡麻の木で目を突いたからという。
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次回は 第21章 塩尻市のゆかりの人 
    第22章 塩尻市を味わう  です。
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