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ロマン塩尻第73稿 塩尻市神社仏閣ぶらりシリーズ 24

玉龍山 長泉寺(ぎょくりゅうざん ちょうせんじ)曹同宗 
    本尊 : 釈迦牟尼佛 元禄二年
    長野県塩尻市大字奈良井364  TEL 0264-34-3019
奈良井五ヵ寺は幾度となく来ていますが、宿場祭のハイライトお茶壺道中に遭遇しました。 街道から凡そ100m程に山門があり、潜る緑多い庭園と玉砂利の境内、住職より本堂に案内され、御本尊様に参拝、住職の御経と説法を聞き本堂内の案内と説明を聞きました。本堂入口の天井に描かれた「龍の大天井絵」は一見の価値があります。執務室、脇室、休憩室、に写仏画が飾るでもなく置いてある、自分も習い初めの為参考に聞いてみましたが、大黒さんが仲間数人と指導を受けているとの事、水墨画といい岩絵具の色付けといい,只々敬服のみです。住職より当山の鐘楼の鐘は何時でも、誰でも突いて良いとの事です。古来鐘の音は仏の声とも言われ、朝夕のその響きに感謝し、過去の無数の佛にご回向申し上げるものだそうです。
 長泉寺由来 
貞治五年七月元章希本阿闍梨の開創。永禄十一年迄十三代此の事跡は不詳です。永禄十一年二月静岡県庵原郡梅ヶ谷、真珠院 法嗣器外聞應 大和尚来山し、当山開基となし、これより曹同宗となります。其の後北条氏康の臣武州鉢形城主藤田康邦の子藤田能登守信吉は当山開基 器外聞應和尚に帰依篤く疲弊の伽藍を再建して信吉を中興開基とし、以後当寺継承の往時は藤田姓を称してきたものであります。天正五年木曾義昌、武田勝頼、鳥居峠にて合戦しその兵焚の為七堂伽藍ことごとく灰燼にきしてしまったと記録にあります。文禄年間再度信吉来たりて伽藍を三建し、元和二年七月大坂冬の陣の創傷治療のため、諏訪温泉へ訪く途中当山に立ち寄り数年を圣て当寺にて逝去しました。享年五十五才でした。寛政七年十月伽藍を改修し七堂伽藍が立ち並び近郊を圧するものであったと云われ。天保八年七月六日奈良井の大火(宿場の八割が全焼)に依り全焼しました。慶應二年十月四回目の復興をみて今日に至っています。
 三代将軍家光の時代には、お茶壺道中の「本陣」であったお寺で、現在もお茶壺が一つ残されています。

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地域振興バス時刻表はこちら 楢川線 奈良井駅下車 徒歩約20分
 バス料金一律100円(子供同額) 車内には両替機が無いので
      釣銭の無いようにお願いします。

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